int2003
母は私を上手に育ててくれた
(by WONG KIM HOH, April 2003)

明日公開のハリウッド映画「BPM」主演のチョウ・ユンファが映画や家族、 健康について語ってくれました。

チョウ・ユンファは英語の個人レッスンに数千ドルを費やして、 ハリウッドで仕事を得ることができました。 しかしそのことを気にする必要はありません (←なんだか意味不明・汗)

もし彼が「おしゃべりは英語と広東語、どちらがいいですか?」と尋ねられたとき、 香港生まれの俳優である彼の答えは決まっています。

「Aiyah, あなたが広東人なら、もちろん広東語でおしゃべりしたいね!」

彼は香港からの電話で元気に申し出てくれました。

その後20分間、彼は生まれ故郷の方言を使って質問をうまくさばき、私を高笑いさせてくれました。 韻を踏んだことわざを(話の合間に)はさみこんだり、 すっきりとして魅力的な口語表現を投げかけたり、 「Kopi(コーヒー)」「roti(パン)」といったようないくつかの短いマレー語までも 盛りこみながら、彼はユーモアたっぷりに上機嫌な声で語ってくれました。

ユンファは明日、シンガポールで封切られる彼の最新ハリウッド作品「Bulletproof Monk」の プロモーションをしている最中です。ポール・ハンター監督の映画で、 ユンファは古代の巻物を護るミステリアスな不死身のチベット僧を演じます。

60年間で地球を横断した後、彼はストリート・キッズ(ショーン・ウィリアム・スコット)の 指導者となり、彼に先祖の巻物の驚異を伝授するのです。

映画撮影について、ユンファは「ちょっとハードだったね」 と言いました。

「たくさんのワイヤー・アクションを取り入れたアクションシーンがたくさんありましたし、 私はとても重いローブ(コート)を着ていたのですから。 戦いのシーンで長いコートを着ていると、タフで落ち着いていてエレガントに見えますから。」

48歳の俳優はもちろん自己批判もします。結局、彼は「A Better Tomorrow」や 「The Killers」のような香港の典型的なギャング映画のアクションの偶像となったのです。

これらの映画で、ユンファは上下スーツと黒いオーバーコートで身を固め、 入り口や窓際までお決まりの2丁拳銃を手に突進しているのです。

「年を取ると、機械類 (自分の肉体・体力のこと?)はちょっと気むずかしくなるからね」

彼はわざと(偽りの)ため息をつきながら言いました。

「Bulletproof Monk」はユンファのハリウッドでの第4作目です。

ジョディ・フォスター演じる英国の女教師の相手役としてシャムの王様を演じたメロドラマ 「アンナと王様(1999)」以外の他の二つの映画、「The Replacement Killers(1999)」 「The Corruptor(1999)」はいずれもアクション映画です。

スリラー

彼はずっとハリウッド ("Tinseltown":California州Hollywood の俗称。 "tinsel"は「金ピカの」「虚飾の」とかいう意味) で典型的なアジアのアクション俳優として 同じような役をやり続けるのかどうかを尋ねると、彼は愛想よく笑いながら

「私は俳優ですから、サービスを提供しているのです。 今、マーケット(市場)はアクション俳優を望んでいるので、私はアクション俳優をしているのです。 必要なことを行っているのです。アクション映画が私に似合っていないことはないでしょう? oh no, no.」

「もちろん映画の中で愛をささやき、手を握っている方が幸せですよ。 でもその機会がこないことにはね。」

アン・リー監督の感傷的なマーシャルアーツドラマである「CTHD」で ミシェル・ヨーとロマンティックな雰囲気を作り上げ、ともに戦った俳優はそう言いました。

彼のドラマティックな才能を伸ばす機会が完全に欠けている、ということはありません。 もしも全てが計画通りに行くなら、今年の終わりに映画撮影技師としてオスカーを撮った ピーター・パウ(Peter Pau)監督によるもう一つのマーシャルアーツドラマ「Hua Mulan」で 彼はミシェル・ヨーと再共演します。

もちろん、ハ・ジン(Ha Jin)のロマンティック小説と同名の 「待ち暮らし(Waiting)」もあります。 「ラブソング(Comrades, Almost A Love Story)」を撮った ピーター・チャン(Peter Chen )が監督をします。 「待ち暮らし(Waiting)」は愛のない結婚にとらわれた中国人医師の話です。

そのプロジェクトは2、3年前から展開中で、プロデューサーは映画の資金調達を終えています。

「「待ち暮らし(Waiting)」とはなんてぴったりなタイトルなんだ!」

彼は笑いながらそう言いました。 (そ、それは映画自体が「待ち暮らし」状態になってるから?爆)

「しかしまたメロドラマを演じるのはいいことですよね。 私は楽しみにしているんですよ。」

病気、戦争

話が世界の災難に変わると、彼の声は冷静なものに変わった。 そして戦争や病気に関するニュースを彼はどのように対処するのかを聞いてみました。

「私の両親は農民でしたから、 子供の頃から、私をたくましく(強く)育ててくれました。」

彼の育った香港のラマ島の「小さな犬」として知られているユンファはそう言いました。

「その頃の(日常)生活はシンプルなものでした。 私たちは1日2回の食事がありさえすれば幸せでしたからね。 しかし最近の(日常)生活は複雑になっています。みんなが住宅、車、コンピューター、 そして都市生活を渇望しています。彼らの期待はあまりにも高すぎて、 多くの人はどう対処すればいいのか、まったく分からないのです。」

元郵便局員であり、ホテルのベルボーイ(であったユンファ)はそう言いました。

「私の母は私を上手に育ててくれました。 母は私に勤勉の美徳や「満足」というものの本当の意味を教えてくれました。」

「もしもみんなが満足したなら、世界中のトラブルなんてほとんどなくなるのに。」

と彼はいいました。

「私は偉大なる名声や幸運(財産)を渇望したりはしません」 と主張します。

「私は俳優です。私は映画の中でいろいろな種類の人生を生きています。 それで十分ですよ。私がこれ以上、何を求めるというのですか? ただ私が望むことは、私自身と私の周りのみんなの健康ですよ。」

This article is from "The Yin and Yang of Chow Yun-Fat".
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もどりまっせ☆
(04.01.16up)

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