白玉さんの愉快な日常
1.一つだけ言わせて貰うと、別に「お前の」って訳じゃないから
ざばらばらばら。
受け止め切れなかった大量の紙が、広げた手から舞い落ちた。
しかもその紙・というのがこれまた厄介で、A4やB5ならいざ知らず葉書宜しくの大きさである。
そんなものを大量に――しかも予告無く――差し出されては、受け取れなかったのも当然と言うものだろう。
「…………何コレ?」
ようやくその紙の束に目を落とした白玉は、目を丸くし目の前に佇む少年・源を気だるそうに見やる。
何故か彼は大変怒っているらしく、その釣り上がった眉を直そうともしない。
(否、それ以前に彼は感情を隠す事が下手なのだが)
「ハァ?ソレマジで言ってんの?」
その感情を叩きつける様に、源は不機嫌をそのまま声にしたような、低い調子でそう吐き捨てた。
顔にはありありと、眼前のしらばっくれている変態への嫌悪の表情が刻まれている。
僕も嫌われたものだ・と白玉はぼんやりと思う。
思い、その直後にそんな些細な事はどうでも良くなり思考は霧散する。
別に好きでもない少年Aに嫌われようが好かれようが、どうでも良い。
――白玉は極端な思考の持ち主だった。
事の起こりはつい数分前に遡る。
白玉はその時、もう太陽も今日と言う日に愛想を尽かそうと言うのに惰眠を貪っていた。
その幸せな時間を切り裂いたのは愛想の欠片も無いチャイムの音だった。
ふ、と意識が引かれる様に覚醒した白玉は、もう一度鳴いたチャイムに何故自分が起きたのかを理解した。
しかしそれは理由を理解しただけで、安眠を妨害された事に苛立ちを覚えて再びスプリングに身体を沈める。
出てやる気など更々無かった。寧ろ相手の用件なんて放置して、文句を延々言ってやりたい位だった。
けれどもそれすらも面倒だと、意識をまどろみの中に再び浸そうと瞼をおろす。
白玉は居留守を決め込んだ。
どうせこんなにしつこいものなんて受信料の徴収だとか、怪しい宗教団体だとか、そんな下らないものだろう。
ならば相手をせずに放っておけば、諦めて帰るだろうと白玉は判断した。
しかしそれは間違いで、相手はしつこくチャイムを鳴らす。
――煩い。うざい。黙れ。帰れよ僕は居ない今は留守隣に行くなり諦めるなりさっさとしろよ誰か知らないけど!
心の中で罵るだけ罵って、まるでそうすれば音が消える・とでも言うように白玉は布団を頭から被る。
何分か経った。それでも止まないチャイムに、白玉はとうとう、布団を跳ね除けた。
何が何でも文句言いまくって、そんで相手をべっこべこにしてやろう。
暫くは人の顔見れないようにしてやる。
よし決めた僕の安眠を妨害した事を後悔させてやる覚悟しろこの蛆虫。お前なんか衛生害虫だ。
苛々した気分のまま乱暴にドアを開け、文句を言おうと息を吸い込む。
そうして見上げた先は超・可愛い可愛い僕の靖幸君の下僕…基、チームメイト。
何、何で君が僕の家知ってるんだいもしかして靖幸君――否季楽さんから聞いた・の方がしっくりくる。
って事は靖幸君に何かあったとか?入院?重症重体?
いや待てよどっかの扁形動物が靖幸君に目を付けたとかおのれサナダムシの癖になんておこがましいんだ
大体僕の靖幸君に手を出そうだなんてその審美眼は認めるけれど嗚呼でも本当に何様の心算なんだよこの寄生虫!
そんな妄想と言っても過言でない事をぐるぐると頭の中に流し、白玉は源を凝視する。
さあ、何を言う。彼に何があったんだ早く教えろ少年A蛆虫言ってごめんなさい教えて下さいお願いします。
濁流と化した白玉の思考はものの見事に捩れていた。
「手、出せ」
そんな思考の渦の中、やけに落ち着いた声が、そう促した。
普段ならば何故の一言でも出てくるのだが、しかし、今の白玉にそんな余裕は一切なかった。
多少の自尊心が何だ、それよりも靖幸君。何よりも靖幸君。
空回りを続ける思考は、何のためらいも無く相手に従う行動を選ぶ。
白玉のその行動を見止めて、源は、ゆっくりと差し出された掌に何の躊躇いもなく紙の束を落とした。
そうして話は冒頭に至る。
「………何だい、これは。あぁ、僕への賄賂かな?
――にしては撮り方が下手だけれど」
これ、と言われた紙束は、よくよく目を凝らして見れば葉書ではなく写真で、しかも、そこに写りこんでいるのは紛れも無く季楽靖幸だった。
手の内に乗っているものも、床に滑り落ちたものも――表を向いているもの全てに彼の姿が認められた。
恐らく顔を見せない、真っ白な長方形の裏側にも彼は佇んでいるのだろう。
マンションの廊下に大量の写真を足元にばら撒いて佇む二人は、異様だった。
「アンタが撮ったんだろ…ホンッット悪趣味。
…いい加減オキラクちゃんに付き纏うの、止めない?」
「僕じゃないよ?
大体僕が撮るんだったら、こんな――靖幸君の顔が見えないとか、手前に物が入るような構図とか。
靖幸君の魅力が削げる様な事絶対やらない」
「―――本当に?」
こんなのと一緒にされるなんて心外だね・と小さく零し、白玉はため息を吐き出す。
少年Aに疑われるのは別にいいとして、この訪問は靖幸君の意思も含まれていたりするのだろうか。
嗚呼、だったらコンマ1秒でも早く誤解を解かないと靖幸君に嫌われるのは嫌だ。考えただけで涙が滲む。
しかし源は端から信じていないらしく、未だにその真っ直ぐな眉を吊り上げ、睨み付けて来る。
僕はそんなに信用が無いのか。何でだろう。僕はこんなにも正直なのに。
鋭い視線を右から左へ、白玉は画面の中の季楽を心なし優しい目で見つめながら、続けた。
「…さて、少年A。これは結局どういう事なのか説明してくれない?」
まさか僕の靖幸君に手を出してる塵芥が居るなんて事はないよね!
満面の笑みでそう付け足せば、返事は返って来なかった。
それ所かこともあろうか少年Aはいきなり背を向けたかと思うと、走り出す。
流石は中学生・運動部。直ぐに消えてしまったその姿に後押しされ、まさかまさかと、嫌な事が再び湧き出てくる。
とりあえず・と残された写真をかき集めて(しっかり貰っておこうと思う。だって靖幸君だし)、一通りのテニス用具を担ぐと、白玉は家を飛び出した。
ごめんなさい、無駄に続きます出来心で、す…。
ひっそりお付き合い下さると嬉しいです。