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正月休みの明けた、一月四日の夕刻。
凍てつく寒さにも関わらず、都心部にある、本社から程近いインターコンチネンタルホテルの大ホールでは、京商事グループの新年会が盛大に催されていた。
昨年12月、京グループの経営陣の交代があり、社長の高栖川康弘の手になる新しい取締役人事が発表されたばかりだった。その直後の顔見せでもあったから、政財界の要人を多数招待してのこの新年会は、マスコミからも大いに注目されている。
社内絶対権力。高栖川は今回の人事で、積年のライバルだった常務取締役とその一派を追い落とすことで、ようやくその念願をかなえたようだ。
これでついに、先代社長の息のかかった者が経営陣から姿を消した。グループの運営は今後、完全に高栖川の意のままになるだろう。
今、マスコミのカメラの前に立った父は、意気揚々という言葉がぴったり合った。その満足げで誇らしげな姿を、背後に居並ぶ幹部役員達に混じって、栞は苦い思いで見つめていた。髪をアップにし、この日のためにあつらえた光沢のある白地の優美な京友禅の留袖を身につけているせいで、27歳という実年齢より落ちついた雰囲気をかもしている。
強張った微笑を張り付けたまま、栞はできるだけマスコミに露出しなくて済むよう、父の陰に隠れるようにして立っていた。心の中では、複雑な思いがぐるぐると渦を巻いている。
ここまで来るために、父は利用できるものは全て利用したのだ。そう、先代の恩顧も人脈も資金も、そして一人娘の愛や幸せさえも……。その成果に、さぞやご満足なことだろう。
固くなっている栞に気付いたように、彼女の隣にいる夫がなだめるような微笑を浮かべ、手を握ろうとしてきた。
だが、栞は彼の手をさりげなくほどくと、何の反応も返さず前方を見続けた。
今から二年前、有無を言わさぬ父の命令により、盛大な結婚式を挙げざるを得なかった……。
当時まだ、地方色を脱皮したばかりの準大手証券会社の大川社長と、栞の父が、取引の関係で急接近したのは五年前のことだ。その頃から当然のごとく、大川家の三男一臣と、栞との結婚話が持ち上がっていた。
だが、当の栞が、一臣のことを、何度会ってもあまり好きになれなかった。両家によってお膳立てされたクラッシックコンサートや観劇などのデートが嫌で、仮病を使ったり、会っても不機嫌にむっつりしていたり。彼に嫌われても全く構わない、むしろ嫌ってほしいとさえ思っていた。向こうから断ってくれれば、と祈るような気持ですらあった。
だが、すでに三十代も中盤にかかろうという一臣にとっては、栞のご機嫌を適当にあしらうことなど、造作もなかったようだ。
何度か父に訴えたが、企業帝国の発展のためには、栞自身の感情問題など全く問題視されなかった。
不毛な思いをどうすることもできないまま、父の一声で、一臣が高栖川家に婿養子として入籍した。
女性なら誰もがため息をついてあこがれるほど、贅を尽くした結婚式だった。だが、栞は新たな檻に閉じ込められるような感覚を振り払うことができなかった。
高栖川と息統合するほど野心家の大川の息子だけに、一臣は交渉事が上手だった。スマートな話術で自社に利益を運んでくると、すぐに評判になった。彼の周辺には、いつも華やかな人影があった。今回の人事も一番注目された点は、高栖川が、娘婿をまだ三十代後半という若さで常務取締役に任じたことだった。
社内では早くも次期社長候補に目せられ、陰では若社長と呼ばれ始めているらしい。
乾杯の音頭に、栞ははっと我に返った。一臣が、栞のグラスも持って、少し困ったように彼女を眺めている。
高栖川社長の年頭挨拶と乾杯が終わると、一同は壇上から降りた。高栖川が、栞と一臣を引き連れ、主要な客に挨拶して回る。
いつもの顔ぶれね……。
どこか麻痺したような感覚の中で、経済界のお偉方と握手を交わしながら、そんなことを思う。作り笑顔で、新たに役員となった夫の後援を頼みながら歩いているうち、強い視線を感じた。思わず周りを見回してから、頭を軽く振る。嫌だわ、見られることにはもう慣れっこになっているのに。
気にせず行き過ぎようとしたとき、父が珍しく、そそくさと歩み寄った相手がいた。
「これは新都銀の澤田頭取、本年もどうぞよろしくお願いします……」
親しげに手を差しのべながら話を始めた相手は、新都銀行の頭取だった。京グル―プの数ある取引銀行の中で、今や筆頭にして、大株主でもある新都銀行のトップとは、オフでもしばしば行き来する間柄だ。頭取はそつのない笑みを浮かべ、高栖川に慇懃に挨拶を返しながら、何やら含みのありそうな眼差で、背後をちらりと顧みた。
「今年より、貴社にお邪魔させていただく担当が変わりますので、この場をお借りしまして、紹介させていただきます。本年も格別のお引き立てを賜りますよう…。こちら、新担当の生野と申します。これまでに……」
香港支社とニューヨーク支社を経由してきたという、新都銀きっての生え抜きエリート行員との説明を聞き流しながら、栞はこんなお決まりの口上は早く終わればいいのに、と考えていた。
やがて紹介が済むと、頭取が自分の背後にいた男に合図し、彼が前に進み出た。
「生野克己と申します。ご指導のほど、よろしくお願い申し上げます」
ごく短く高栖川に挨拶した声を聞くなり、俯き加減だった栞が弾かれたように頭を上げた。隣に立つ夫が、ちらちらと見ているのも構わず、目を見開いて『彼』を見つめる。
彼もまた、父に挨拶しながら、その目は父を通り越して、彼女を見ていた。
目が合った途端、心臓が早鐘のように打ち始め、栞は大きく息を吸い込んだ。
生野……、克己さん!?




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12/02/02 更新
なかなかスムーズに書けない話なのですが、ぼつぼつとでも頑張りたいです〜。
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