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01 何を、




人が変わる瞬間がとても好きだ。
追い詰めて追い詰めて、覆っていた皮を剥いで、丸腰になって、身一つで挑んで。
背水の陣になっても、結局変わらない事態に、本人は気付かないまま炎の中に飛び込んでいくんだ。
人の顔が恐怖で歪む。プライドも建前もかなぐり捨てて醜くもがく。
卑しいものの存在など、いくつなくなっても世の中は変わりはしない。
マイナスばかり見ていて、いつの日かプラスな物など見なくなった。
別に見る気もなかったけど。興味もないし。
南郷さんに会ってから、プラスでも面白い人間もいるんだなとか、偶には力を抜いても良いかなとか、そんな事を考えてしまった。
似合わない話だ。

別に特に意味もない、今俺が南郷さんの部屋にいる事は。
南郷さんの部屋にいる所で何をするわけでもない。
南郷さんの家には本はないし、麻雀はないし、暇を潰すものなど見当たらない殺風景な部屋。
窓だって小さい。ベランダなんか勿論ない。
ラジオもテレビもない。だから何もせずに壁にもたれてボーっとしているだけ。
南郷さんは気の所為かかそわそわしているように見えた。
落ち着きなく体を動かし、目をきょろきょろさせている。
実際、俺はボーっとしているというよりは、ずっと南郷さんを見ていた。
挙動不審な南郷さんは、見ているだけで十分楽しめたのだ。
不意に南郷さんと目が合った。
俺はずっと南郷さんを見ているのだから、まあいつかは合うだろうとは思っていたけど。
口の端を上げて微笑んでやった。
瞬間南郷さんは困ったような顔をして直ぐに目を反らした。
少しだけ悲しい気持ちになったのは何故だろうか。
意地になって、再度じっくり見ていた。
意地になって?俺は何か南郷さんに求めているのだろうか。
いや、そんな事はありえない。


「ねぇ」
「え、」
「喉渇いた」
「ああっ」


南郷さんは少し慌てたように腰を上げた。
別に喉なんて渇いていない。
ただ、何となく、声が聞きたくて。


「コーヒーでいいか?」
「かまいませんよ」


台所でカチャカチャと食器がなる。
仄かに漂うコーヒーの香ばしい香り。


「砂糖は?」
「いりません」


南郷さんは左手のコーヒーを俺に差し出した。
揃いの、鈍い銀色の光を放つカップ。一個ずつ買う奴なんていないから、然程気に留める所でもないんだろうが、少し嬉しくなっている自分がいる。
男同士だ、気持ちの悪い。
少し眉をしかめた。
南郷さんが普段使っているカップは、思いの外綺麗にされていて意外だった。
一口飲もうとカップを口に運ぶ。カップが唇に触れた一瞬、手が止まってしまった。
意識しているのか?

"普段使っているカップ”

何で俺が、そんな事を。
イライラしてきた。熱い出来立てのコーヒーを一気に口内に流す。
熱さで舌を火傷した。でも今はそんな事さえどうでもいい。
何で俺が、南郷さんの一挙一動にここまで思考を巡らせなければならないのか。
なんで、なんで。
俺は受け皿にカップを丁寧に置くと直ぐに立ち上がった。


「帰ります」
「え、」


南郷さんは呆気にとられている様だった。
俺はそれだけ告げると直ぐに靴を履いて出て行った。
南郷さんは扉が閉まる前に慌ててまたなと返した。
少しだけイライラが治まった気がした。

帰り道、何故俺は南郷さんの家にいったのだろうかと考えてみた。
もっともっと、新しいタイプの面白い人間について知りたくなったからなのだろうか。