受話器を握るのは、左手だ。
―やられた。
訳の分からない鎧と正体不明な連中の喧嘩を買ったお陰で、(いや、売られたから買ったのだ)この有様だ。
体中の傷口が、ずくりと痛む。口では平気だ、とは言ったものの、言葉通りにはなってくれないのが現状だ。
だが、今は身体の傷よりも、精神につけられた傷の方がひどく痛む。
―我ながら、女々しいようだがこれが現実だ。
自分が意識を失ったとき、双子の妹 ―の、「あの」顔を、最も見たくない、「あの」顔を薄れつつある意識の水底で、見た。
身体の内を、ナイフか何かで抉られたようだった。
身体の傷は時間が解決してくれるが、精神の傷は、時間が手助けをしてはくれない。
そして其れはやがて心的外傷―俗に言うトラウマとなっていく。
「何個トラウマ作れば気が済むんだよ、ボケ」
自らを蔑む言葉が、白い天井に、白い壁に反響する。
白いカーテン、白いベッド。極め付けに、白い包帯。否応なしに視界に入り込むのは、白、白、白の一色。
―白とは穢れの無い色だと聞いたことがある。ということは、穢れ易い色、ということでもある。
―脆くて、危うい。そして儚い。 何にも無い色。
「守らなければ消えてしまう」、そんな色。
「・・・はあ、・・・・何やってんだ、オレ、」
そうだ。自分はまた、失うものを増やすところだったのだ。
大切なもの―双子の妹に、一つ違いの弟― この二人さえ、十分に守ってやれない。守るどころか、
危険な目にも遭わせさえした。
守ってやりたいという思いだけでは、其れを為しえない事実。心底嫌気が差した。吐き気だってしてくる。
無力な自分に、
勝手な自分に、
愚かな自分に、
「・・・・・・・・ちくしょ、」
自分に対する罵倒の言葉を、再び漏らした直後、此れもまた白い扉が向こう側でコンコン、と無機質に鳴いた。
其れに気づき、視線を扉へと移した。
・・・あんまり白くて、気が狂いそうだ。
白は安息の色なんかじゃない。病人をより病ませる色だ。何時もそう思う。
「・・・・・・・?」
誰か如何か判断しかねる相手は、視界に入れて、其れから認識するものだが、何故だか、そんな気がした。
自分の片割れの、―双子の妹の、のような。
「・・・・何で判ったの?」
無機質な扉越しに聞こえるのは、其れにそぐわない暖かな声。
心なしか、自分の声に似ている それだけが悲しい。
―血のつながりを。より深く認識させられてしまうから。
「・・・何となく、じゃだめか。」
「ふふ、・・・・・あのさ、エド、・・・・ウィンリィに電話、しといてよね。あたし嫌よ、怒られるの」
「・・・オレだって嫌だ。つーか、お前だって機械鎧壊しただろうが」
「あたしはちょっと指が折れたくらいで、エドみたいに神経までハズしてませんから。」
「・・・んだよ、かけりゃいんだろ、かけりゃ。」
扉ごしの会話。
は扉を開けようとはしない。彼女なりの優しさだということを、知っている。
だから、其れが余計に、傷口を再び抉っていく。古傷さえ、広げようとしてくる。
じくりと、塞がる事を知らない傷は、疼き始めていく。
「ねえ、エド、・・・・・・・・あたし、お荷物かな」
そして、不快かつ、深い痛みに苛まれる。其れは滑落。(いや、堕落か?)
堕ちゆく先は、負の思考がどろりと渦巻く渦潮。
逃さない、と云わんばかりに、渦の中心へと引き摺り込んでゆく。
「・・・・・・・なんでだよ」
「あたし、エドにばっかり、傷ついて欲しくない・・・エドが、死んじゃったら、いやだ」
「勝手に殺すなよ。・・・・・お前は俺の妹なんだから、守ってやりたいんだよ、・・・」
「・・・・・エドばっかり傷つく必要なんか、無いじゃない!あたし、だったら、リゼンブールに」
傷が、ぱっくりと開いて、あんまり痛くて。
本当に、死にそうだ。
いっそ、其のナイフを突き立てて殺してくれ。精神が滅べば、身体も止まってくれればいいのに。
そんなくだらない事すら、真面目に願った程だった。酷く滑稽で、無様なんだろうか、自分は。
「何でだよ!俺は・・・そんなに頼りねえかよ、」
「そんなこと云ってない!・・・・あたしは、・・・あたしは、エドが、すきなんだもん、っ・・・
すきなひとが自分を庇って傷つくなんて、
そんなのってない・・・あたしだって、錬金術師の端くれだもの、・・・自分の身くらい守りたい、・・・・」
「、・・・、」
「だけど、無理なのよ!頼っちゃうの、エドのこと、・・・・・っ、
女だからって、妹だからって、・・・理由にならないの、解ってるのに・・・最低だよね、あたし」
扉の向こうで、「あの」顔をするが視えた。(瞳で見たんじゃなくて、もっと、)
―あんまりじゃないか。
扉があっても、…物理的には意味があっても、精神的には意味等殆ど皆無と言ってもいいくらいだ。
左手を、ぎり、と握り締めた。
其れと同時に、動かない右手を呪った。
「ごめん、・・・・今言ったこと、わすれて?・・・エド、はやく怪我、治してね。」
また、後で来るから。 ―それまでに電話、よろしくね。
そうは言い残し、やがて、パタパタ、と廊下を駆けていく音がしたのを何処か遠くで聴いた。
「・・・・俺も、お前がすきだから、・・・守ってやりたいんだ、」
― ごめん、なんて。
それはこっちの台詞だ。(云わせているのは自分なのに、)
塞がらない傷がより一層痛む。何時になったら塞がる? 治癒能力が無い訳ではないだろうに。
―寧ろ、塞がないほうが良いのではないか。(愚かな自分を、また戒めるために)
いや、自分に塞ぐ気が無いのかもしれない。
心の何処かで、痛むだけ痛めば、何時か大切なひとを守れるように
なるのかもしれないという、微かな期待の念が残っているのだ。
何て浅墓。と、他人は云い、せせら嗤うのかも知れない。
しかし実際、その通りだ。
「・・・・そうだ、電話、しねえとな、」
またに怒られちまう。浅墓な俺はふ、と乾いた微笑みを漏らしながら、そう思った。
―其れは落胆なのか。嘆きなのか。其れとも、蔑みか。
唯、自身が自嘲する事を止めさせてくれない。
そっとベッドサイドに置かれた電話に手を伸ばす。カチン、と、これもまた無機質な音を鳴らした。
電話さえも、自分を嘲笑うのか、と思うと、何だか笑えた。
―これも嘲笑であることに、我ながら冗談が旨くなったものだと、関心さえもした。
そして受話器を取る手が左であるということに、また余計に無力さを思い知らされたのだ。
(君の為にとする其れは、自白剤のように俺を問い詰めてくる)
=========================================
「電話」がメインでは無いけれど。
安息を求めれば狂気的になりはしませんか。という。
何か色々うつっぽくてすいませんorz
・・・もっとほのぼのとからぶらぶとか書きたいもんですorz 精進ですね。
chisha (20090723)