アポトーシス







―嗚呼  不要になったら死んでしまう。
 貴方にとって私は必要なのでしょうか。
























 時々、自分の思考が分からなくなる。判断や理性いった類のものに融け切れなくなった、飽和物。
 混在できないから、行き場が無くて、私の邪魔をする。
精神不安定剤が脳内麻薬として投与されているのだ。だから、安定から遠ざかる。
 それはひどくアンバランスで、曖昧で、ふわふわしている。

 コレの発生理由は、無論「あいつ」だ。そう断言する割には、認めたくないという小さい自尊心も、少なからずあるのだが。


 ―このところ、「あいつ」は姿を見せない。顔どころか、声も、綺麗とは言えない文字さえも。
 あいつがどれだけ大変なのかは、痛いほどに知っている。

 知っているのだが。
 私の脳が、身体が、命令に背く。





「・・・・・はぁ、・・・」

 ―やっぱり私は彼にとって不要なのではないか。別に、いつ帰ってくるとか、連絡するとか、一切約束を交わしていない。
私に会いに来てくれるかどうかすら、はっきり言って不明だ。

 ただ、もう二度と、会いに来てくれないのではないか
という不安が、全身を気だるくさせる。
そして頭をどろりと覆い、埋め尽くす。
 脳内麻薬は、私をどんどん侵食していくのだ。


「・・・・・・・・・もう、しらない、・・・・ばか、」



 飽和し過ぎて零れ出た一言。それでも楽にはなれないことを、私は知っている。
何が口から出たって、変わりはしないのだ。

 これ以上如何し様も無いので、今まで座って俯いていたソファから離れ、外の空気を吸いに行くことにした。
 ・・・取り敢えずの、治療法に。
 ドアノブをがちゃりと鳴らし、そろりと外へ出た。



 ―いつも通りの、変わらぬ風景。リゼンブールのすがた。
 そして、赤いコートの豆粒と、銀色の巨大な鎧。




「・・・・・・・・・は、?」


 まさか、と思った。「あいつ」が?嘘だと言ってくれた方が、まだ優しい。
麻薬に侵食された筈の感情が、入り乱れる。かき乱される。


何という荒療治だ。

 あんまりに苦しいので、その場から離れられなかった。否、動けるはずがなかったのだ。治療は非常に荒々しいのだから。


「おーい、 ー!帰ったぞ!」


 赤いコートの小さな豆粒ほどの少年が、(本人には告げられないが)…「あいつ」が、その顔ににんまりとした笑みを浮かべて、此方へやって来る。


 ―こういう時こそ、脳内麻薬を処方してもらうべきなのに。
 ・・・私は、あんたにとって必要じゃないでしょう?



「・・・・・・・エ、ド、・・・?」



 ふいに漏れる言葉は何と弱弱しい。我ながら情けないものだった。本当は、もっとはっきりと、呼びたかった。



「いきなり悪ィ。・・・元気にしてたか?」



 ―赤いコートの…もとい、エドワード・エルリックが声をかける。


「連絡もしないでごめんね、 。兄さんが行き成り帰るっていうもんだから。」



 ―巨大な鎧…もとい、エドワードの弟、アルフォンス・エルリックも口を開いた。
 何か言わないと。咄嗟にそう思った。

 ・・・だが。
 間が悪すぎたとしか言いようが無いタイミングだ。




「・・・・・ばかぁ・・・なんで、今来るのよぉ、・・・・。」



 色々ぐちゃぐちゃしていて、不安定で。アンバランスで、曖昧で。そのくせ、ふわふわしていて。



「あ、いや、それは、・・・ホント悪ィ、ごめん。
 いや、急に帰りたくなってさ、・・・あ、それにウィンリィに機械鎧の整備もして貰いたくてさあ、・・・・・ ?」


 何なのよそんなに私を掻き乱しといて、そんなのってないでしょう。
私の気持ちも知らずに。(知る訳ないんだけれど、)



「・・・・・・・ばかエド、もうしらない!あほ、鈍感、牛乳飲めない豆つぶドチビ!!」


 そう吐き捨てるようにして言い、私は向こうめがけて飛び出した。あああ、何やってるんだ私、



「んなっ・・・!?あっ、おい、 ッ!!待てよ!・・・・・何なんだよ、あいつ。意味わかんねー・・・
 しかも人のことを牛乳飲めないとかドチビだとか・・・!」



 頭をぼりぼり掻くエドワード。そんな兄を見て、アルフォンスは、はあ、と短くため息をついた。そして、




「・・・兄さんさ、・・・・・最後に に、手紙とか、電話とかしたのって、いつ?」



「・・・・・・・・・・・あ」


 嗚呼、やってしまったなと。
 後悔しても遅いよ、と言わんばかりにアルフォンスは兄をじろりと睨んだ。(らしい)



「・・・・・・早く追いかけたら?・・・ をあのまんまにしといたら、僕、 のこととっちゃうよ。」



 明らかに不機嫌そうな声色で弟に脅された兄は、慌てて走り出した。



「うるせー!・・・お前になんてわたさねぇよ、は!アルになんてわたさねぇ!!
 ・・・ったく、ちくしょおぉ!」














 ―荒療治は、かなり効き目をもたらした。だが、あんんまりに副作用が強くて、余計に悪化したようだ。
 不安定さが増して、ぐらぐらする。




 町外れの小さな原っぱ― 昔よく、エドとアル、ウィンリィと私で遊びに来た― の隅に、座り込んでぼうっと惚けていた。

 ―きっと厭きれている。もう私なんていらないって、思ってる。
そして、ウィンリィのところにいってしまうのだろう。
彼女は、口には出さないが、彼に深い愛情を持っているのが厭というほど伝わってくる。
 もう自分が彼にとって必要ではないことが分かってしまった。不要になったら、私は此処に居てはいけないのではないか。

 ―とある細胞は、自分が不必要になったら、自ら死滅していくらしい。
元々、そうプログラムされているそうだ。 そんな話を聞いたことがある。
 私もそういう風になれたら。
 そう思うと、瞳から生暖かい水滴が零れ落ちてきた。止める術は無く、ただ流れるままに流す。
 感情が、一時停止するような、冷たい感覚がした。



「・・・・・っ、う、。」



 もういい、泣けるだけ泣けばいい。嗚咽に紛れて感情を吐露すればいいのだ。
 そうすれば楽になれるよと、何処かで叫んでいる。
 いっそ子供のように、形振り構わず。そうすれば。気がついたら忘れている筈だから。




 その刹那。




 不意に影が、私を覆う。曇った視界がよけいに曇る。思わず、顔を上げた。「あいつ」が背後に立っていた。
 当たり前だけれどいつもより大きく見えた。




「・・・・こんなとこに居たのかよ・・・・・ 。」



 息が荒くて、少し汗ばんでいる、「元凶」。金色の髪が、汗で額に貼り付いていた。



「・・・・・・・・・なんで」


 取り敢えず疑問詞を口にする。何だか、喋ろうという気はさらさら生まれない。


「・・・・・・なんでって…お前なあ、こっちが聞きてぇんだけど。
 ・・・・・お前さあ、なんかあっても一人で抱え込む癖、直せよ。ガキの時からそう。」


「・・・・、じゃあ如何しろっていうのよ」


「話せよ」


「エドに話すこと無いから」


「こうなると意固地になる癖も直せ」


「・・・・・・・。」







 重い沈黙。両肩にずしりとのしかかってくる様で、鬱陶しい。沈められていくようだ。
 その割りに、風はさらさらと吹き付ける。
エドの髪が、煌いては揺れる。羨ましい位、憎らしい位に綺麗で、何時も内心嫉妬していた。

 わたしはそんなにきれいなもの もっていないから。



「・・・だから 話せよ。オレ、お前がなに怒ってんのかわかんねーんだよ。
 ・・・お前が言ってくれなきゃいつまでもこのまんまなんだよ、」



 真剣な眼差し。金色の瞳の視線の先が、私に突き刺さる。
これも鋭くて、気高くて、愛しくて、美しいと思っていた。



「・・・・・・エドにとって私はいらないの、」




 また生まれる静寂。苦しい。踝から足首まで、段々と静寂の海に浸かっていく様だ。
 なかなか、抜け出せない。まるで底なし沼だ。果てというものを知らない、無邪気な代物。

 無邪気ゆえに。

 私を苦しめていく甘美な悪戯。







「・・・・・・ばかはお前だろ、





 其処(いや、底)から引上げてくれる、やさしい熱。後ろから、ふわりと包まれてゆく、懐かしい匂いのする感覚。
 すこし、何かが軽くなった気がした。
 でも、まだ足首には泥が絡み付いている。




「・・・そりゃあ、何も連絡しなかったのは本当に悪ィと思ってるけどさ・・・・・・
 寂しい思いさせて、悪かった」

「・・・・・・・・。」

「でも、いつオレがお前のこといらねぇなんて言ったんだよ、アホ。勝手に勘違いすんじゃねぇ。」


 ぎゅ、と、私を強く抱き締める腕に、縋った。あんまり暖かくて、少し涙が出た。
ああ私は そんな儚い細胞のようには消えていけない。
そもそも、プログラミングされていないのだから。



「・・・・・・・さみしかったの、・・・エドにあえなくて、」

「あぁ。・・・他には?」

「我儘って解ってるのに、・・・でも、エドのことわからなくなって・・・、私の事忘れたのかも、とか、」



 エドは大きく溜息を吐いた。
 んなわけあるか、ボケ、と言われた。そんなにいわなくたっていいじゃない、と言い返した。


「オレだって、・・・・ に、…会いたかった…んだよ、分かったか、どアホ!!
 お前に、・・・・…会いたかった…から今日帰ってきたんだよ!」


 顔を真っ赤にさせて(林檎の様だ)、大声でまくし立てるエド。

 何だ、
 一気に病状は回復してしまった。なんて単純なのだろう、この病気は。でも、エドじゃなければ治せない。
 非常に厄介かつ、案外単純である。




「・・・・・ごめん、エド。ごめんね」

「・・・・・・・オレも悪ィからおあいこだ。」

「・・・・私、エドなしじゃ死んじゃう」


 だから、


「もっと私にエドを示して、」






「前言撤回は、無しな」











 貴方の端正な顔が、私の顔に、重なる。
 其れはプログラムされたかのように、機械的かつ、自然で。









                    (わたしは自ら消えるなんて、できっこないの)






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